いまあなたと生きてる

自分の気持ちの備忘録

人生のやる気スイッチ探してます

最初に書いておくと、この文は自分の中のわだかまりをほぐすためのものなので気の利いたオチも着地点もないです。思いつくままに書いてるだけです。あしからず。

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最近、結婚する友達がどんどん増えていて、無論結婚自体はとても喜ばしいことなんだけどたまにスッと虚しい気分になる。わたしも結婚したいところだけど具体的な予定は今のところ特にない。結婚したいと思いつつ、どこかで他人事な気もしていてまるで「人生一度でいいからバンジージャンプやりたい」くらいな気持ちでいる。いや、いつかはしたいんだけどさ。

休日の過ごし方は、たいてい買い物か家でまったり過ごす。人と過ごすとなると親くらい。たまに久々に会う友達とごはんにいくけど、その友達とは特別な話はせず「久しぶり、元気してた?」から始まるおおよそルーチンのような話題を一通りコンプリートしておしまい。「また時間あるとき会お」と言ってまたしばらく疎遠になる。あの数時間のうちに本当の悩みや本音をどれだけ言えているんだろうか。

そもそも人と話すとき、わたしはたいてい見えない膜を一枚張っている。それは無意識なもので、こちらから相手に歩み寄るけれど、後で思い返すといつも膜越しでやり過ごしてしまってる。相手と話してるうちに、相手がイメージしているであろう人に自らなって期待された通りに振る舞うクセがある。

いつからこんなに面倒な生き方や考え方をしてるのかわからない。本当はいろんな人と仲良く交流を持って明るく過ごしたほうがいいのかもしれない。友達は決して多くない今のこの状況はあまり豊かな過ごし方じゃないかも、と思う。でも実際はそこまで悩んでもいない自分に若干の危機感を覚える。数少なくても大事だと思える人がいるからだ。

こんなわたしでも、人生の中で本音を言える友達が二人いる。一人は、生きるのが本当に下手くそで、でも赤ちゃんのときの心をそのまま持ってこの世知辛い世界を素っ裸で暮らしてるようなそんな人。一人は、面倒くさくてなにかと人のことをいじってくるんだけど小説の中に出てきそうな不思議な女の子。
でもその二人ともいつも連絡を取り合うわけでもなく、しばらく音沙汰がない人だ。だからもはや友達と呼んでいいのかも怪しい。その二人にすら自分から連絡しようと思わない。でも友達だ。

こんな風に、このまま生きていけばこういうひとりの暮らしがそのまま続くだけなのかな、とふと思う。だからといって何かをしなきゃとは思わない。ただただ生活が流れていくだけで、わたしもそれにならって生きていくだけ。

いつか、「友達はちゃんと大事にしなよ」って仕事の先輩から言われたのがずっと心に刺さっている。いや、わたしは友達をないがしろにしたんだ?と思ったけどそうじゃない。いつも膜の上から大事にしているだけで、本当の意味でそのままの自分でぶつかっていないことを見破られたんだと後から気づいた。

そのままの自分でいられたのは、中学生の頃までだ。高校では進学のための勉強を高一からやりまくり成績は一番で優等生の評価をもらっていたのに、素行がすこぶる悪いと度々呼び出されては担任を困窮させていた。
「何が不満なんだ。なぜこんなに俺を困らせるんだ。生徒指導の先生から怒られるのは俺なんだぞ」と頭を抱えて泣きそうになった担任を見て、不意に胸が震えるような激情が沸いたのを覚えている。たしか「自由に生きたいだけです」と答えた。

その頃からだ。人に自分の気持ちを言えなくなったのは。当時自分の中で徐々に、でも着実にフラストレーションが溜まっていた。勉強ばかりの毎日。入院した父に連日介抱する母。自分が母の代わりになるも全く家のことを手伝おうとしない家の男たち。文句を言う時間も余裕もなかった。自分が根をあげたら全てが崩れると思った。
色んな不満は寝静まった夜の人知れず流す涙と傷になり、吐き出しきれない毒が心身ともに蝕んで体に限界がきたその日、ついに過呼吸の発作を起こした。

あれから何年も経ったにも関わらず、過呼吸はいつも息を潜めて自分だけを見つめている。とともに、本当の気持ちが言えないという性質も引き続き治っていない。あの一番つらかった頃、しきりに(自分が崩れたら全てが終わってしまう。弱みを見せちゃダメだ)と満身創痍で過ごしていたから、今でもなかなか自分をさらけ出すのが苦手だ。というかさらけ出し方がわからない。

人付き合いでは見えない膜を張り、腹を割ることもない自分のままでいるのはよくない。まともにならなきゃ、と度々思う。思うんだけど、それでもこんなこじれたわたしのことを稀に好いてくれる人がいるから、いてくれるから生きていけている。甘えてしまうのよね。
甘えといえば、人付き合いのクセとして、仲がいい人になればなるほど扱いが雑になるというのも自分にはある。これもその人へ無意識に甘えている表れだと思う。
甘えたかったのに甘えられなかった頃の反動なのかもしれない。だとしたらなかなかこじれてますよね。

でもまあとにかく、ラブマイセルフをするにはやっぱりあまりにもお粗末だ。まずは自分のことをしっかり認めてあげたい。そして無理ない程度に心を開いたやりとりをできる勇気をつけたい。そして、肩の力を抜いて自然なままで生きられるようになれたらいいなと思う。

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まとまりはないけどちょっとスッキリした。口ではここまで話せないので文章にできてよかった。読んでいただいた方、何が何だかわかんねえよ、って感じで置いてけぼりですよね。すいません。読んでくれてありがとうございました。